教授コラム(削除予定)

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第7回 震災と周産期医療

2011/07/04

 このたびの大震災で、被災された皆様にこころよりお見舞いを申し上げます。千葉県でも、地震・津波に加えて液状化による被害がありました。被災各地のいち早い復興をお祈り申し上げます。
 この震災では、当初“想定外”や“未曾有”という言葉が使われていましたが、次第に人災として認識されるようになりました。冷静になって考えてみると、想定外に大きな災害も想定して対応を考えておくべきであったということだろうと思います。さらには、従来の防災という既成概念を越えて、減災という新しい視点も必要だと学びました。
 あらゆる非常事態にそなえて、完璧に対応できる対策をあらかじめ立てておくことは困難です。しかし、対策の欠陥が判明した場合には、それを糧として次に生かしていく作業は大切です。航空機や鉄道などの分野では、以前からそのシステムが整備されており、実際に安全性を高めるために機能してきました。
 この数年、医療とりわけ産婦人科医療は、崩壊の危機に瀕してきました。契機の一つは、くしくも今回原発事故のあった福島県で起こった県立大野病院事件です。組織的に行われるべき危機管理体制の整備が十分でなかったことなどを学びました。サステイナブルな医療のためのグランドデザインの欠如、社会全体で整備すべき医療連携体制、病院内での危機管理対策、そしてガイドラインなどによる医療水準の担保などが必要だったことも、明らかになりました。私たち産婦人科医は、この数年をかけて、これらの分析と対策に全力を傾けてきました。国民や政府もこの問題を認識し、無過失補償制度やハイリスク妊娠管理料などの新設、NICUや周産期母子医療センターの整備などを実施してくれました。
 原発事故とその後の対応を目の当たりにして、この数年で整備してきた周産期医療をもう一度、危機管理の面から見直し、さらに厳しい課題を想定して整備しておくことが必要だと感じています。それぞれの医療機関ごとに、それぞれの持っている医療資源を考慮して、最も適切な対策やシステムを作る作業に取り組まなければなりません。
 千葉大学婦人科・周産期母性科では、この5年近くをかけて診療の標準化・業務の効率化などをすすめてきました。帝王切開のグレーディングシステムは、児娩出までの時間の短縮や臍帯血pHの改善など既に実績をあげてきており、現在では麻酔科のお墨付きつきで院内各科で広く使われています。分娩時の介入基準も導入がすすみ、医師が交代しても診療水準が保たれるようになっています。カンファランスなどでの症例の振り返りを行う際にも、この基準が元になっていますので医局員が共通の基礎にたった上で検討が行える様になりました。
 現在は、産科危機的出血に対する対応のシステム化プロジェクトが進行しています。これは、産科危機的出血マニュアルの確実な履行を基本としていますが、千葉大学附属病院のリソースを最大限に生かすためめのソフトウェア作りとも言うべきものです。機材や薬剤といった物質的な整備はもちろん、輸血部・薬剤部・検査部・救急部・手術部など院内各部署との連携の整備をおこなっています。何が問題か、どのように解決したいのかを各部署に相談し、理解してもらった上で実際に実行可能な方法を決めていく作業であり、ほとんどの時間がコミュニケーションに費やされています。マニュアル本や取り決めを作る作業が中心ではありません。
 この作業は、あと数ヶ月で一旦終了し、シミュレーションを行って評価・調整を行い、そののちに正式にアプルーブする予定です。この度の大震災から学んだように、この対応には、想定外の大出血も想定しておかなければなりません。減災の立場での対策も手段として盛り込んできました。非常事態ですから、非常な対応を取ることを決断しています。次回は、このあたりのところを紹介しようと思います。