千葉大学大学院医学研究院
産婦人科学講座
千葉大学病院
産科・婦人科
2010/12/03
関谷宗英教授の後を引き継いで教室をお預かりして、5年になります。振り返ってみますと、この5年間に産婦人科医療を取り巻く状況には大きな変化がありました。この5年を振り返り、この先の課題について考えてみたいと思います。
5年前は、新臨床研修制度が始まり、入局者が消えた2年間からのスタートの年でした。新卒での入局は無くなり、2年間のプライマリー研修を終えてからの入局という制度に変わった年です。新しい制度の下で、どのようにして入局者(いまの産婦人科専攻医に相当します)を確保していくのかが大きな課題となりました。
一方で、各関連病院は慢性的な医師不足の状況にありました。教授交代を機会に、新たな道へ転進を決意した人もいて、各関連病院の人手不足により拍車がかかりました。診療所開業、診療所や私立病院勤務への異動、パート勤務へ、あるいはフリーランスなどと、医師の自由度が大きく広がった時期でもありました。同時に、新人医師の一般研修病院への自由度も広がりました。
このような状況を踏まえ、以下の方針を立てました。
1) 各関連病院あたり7~8人までの増員を目指す。関連病院全体でこの目標の実現に向けて新人確保に努力する。
2) 専攻医は、良質な教育を受ける権利を有する。大学を含めた「関連病院群」全体で協力して、バランスのとれた臨床医を育てる義務を追う。
この実現のために、大学では、1)教育スキルの向上、2)研修派遣システムの整備に努めてきました。夏期周産期見学セミナーツアーや医学部学生向けNCRP講習会などは全国に先駆けて発案・実行しました。朝食付きモーニングセミナー、短期集中セミナー、ALSO、BSL改革なども長田先生に精力的に進めていただいています。研修医病院間の異動についても、1年を単位として研修成果の評価を行い、これに研修医(専攻医)自身の希望を加味して、各学年間の調整を行って決めることに改めました。具体的には、年度末に私が研修医(専攻医)との面談し、一年間の実績(手術執刀数や経験した症例数などなるべく数値化したものを使います)を一緒に評価します。さらに、これまでの経歴と次の年度の研修内容の希望を加味して、異動先を検討しています。
各関連病院においても、さまざまな改革をお願いしました。第一に、専攻医は大学に頼んで派遣してもらう労働力、という従来の理解は改めてもらいたいというお願いです。専攻医は、各病院の研修内容によって研修先を選択するのであり、関連病院全体で行う教育が研修医から評価されることで入局者の確保につながるという意識を持つ必要があります。専攻医により高く評価されることで、他大学との競争に勝ち抜いていか無くてはならないのです。同時に、専攻医からの評価は、関連病院間での競争でもあります。その病院の評価が高ければ、翌年の研修希望者が増える可能性が高くなるという訳です。
このような考えから、各関連病院には、それぞれの個性を持った診療・教育を行ってもらいたいとお願いしてきました。研修医が病院を選択する際に、アピールできる特徴を持ってほしい。腹腔鏡、性器脱手術、女性診療、周産期など何であってもよいのですが、できれば他の関連病院と異なることが望ましい。特に専門をもたず「generalな地域医療」を特徴とするの病院があってもよいと思います。
これらの改革の結果、5年経った今少しずつ成果が見えるようになってきていると思います。今後も、さらなる改善にむけて努力を続けます。
平成18年の県立大野病院事件(前置胎盤で帝王切開術を受けた妊婦が手術中に死亡し、担当医師が逮捕・起訴された事件)を契機に、産婦人科に対する不信感が一気に高まり、これまでに経験したことのない様な逆風の嵐に見舞われました。看護師内診問題・奈良での妊婦搬送拒否事件・墨東病院での脳出血妊婦事件などさまざまな問題が次々と起こり、マスコミにも連日取り上げられました。当初は産婦人科へのバッシングともとれるスタンスでしたが、医師不足・医療崩壊などの実態が明らかになるにつれ産婦人科医擁護・社会行政の不作為への批判へマスコミのスタンスが変貌して行きました。
その結果、国も県もさまざまな産婦人科医師増加への施策を企画実行するようになり、現在では妊婦救急搬送への経済的支援、ハイリスク分娩管理加算の新設、医師不足分野での教育支援経費の新設などさまざまな支援策を打ち出してきました。行政からの経済的支援策が現場で働く医師にとって直接的なメリットはまだまだ少ないと思いますが(収入増加分を直接産婦人科医師に還元するしくみはできても大学などでは実行されていません)、医師不足が患者に理解されたこと、ボランティアに近い形での労働によって周産期医療が支えられていることなどが社会に認識されたことの意義は大きなものであったと思います。
現在では、産科補償制度や出産一時金など産婦人科支援のための様々な施策が実行に移されています。医師法21条問題では、字面に従った安易で和や待った解釈での運用が行われていたことが指摘され、是正の方向に向かいつつあります。また、医師不足が産婦人科に限ったことでないことも明らかとなり、医学部定員増や医科大学の新設も検討され始めています。
医療崩壊に陥ったもう一つの大きな問題は、われわれ産婦人科医自身の医療への取り組み方にもありました。緊急時の連携システムの不備、患者が危機的状態に入ったときの対応策の不備(危機対策の不備)、少ない医療資源を使って効率よく診療を行うための社会的基盤が未整備、均霑化された医療提供のための仕組みの欠如、プロフェッショナルとしての自立的規制の不備のなどです。これらについても、漸次整備が行われています。千葉県においても、医療圏ごとの対策が検討され、医療資源の集約化・連携システムの整備などが行われました。しかし、一律に医療圏ごとに完結するシステムを作ろうとすると、莫大な維持費用がかかる、そもそも人的資源が不足しているなど、実現にむけて解決できない困難が発生します。そこで、千葉県では、現状を十分分析した上で実現可能な形での整備を目途に検討してきました。NICU担当者とも連携しつつ、今後さらに整備が進むものと思います。
医療再生にむけて、大切な問題の第二は診療内容の均霑化・標準化であり、危機管理対策をあらかじめ整備しておくことです。具体的には、分娩時出血性ショックが発生した場合、どの様な順序で連絡をとり、どのような手順でどの手術を行うのかあらかじめ決めておく必要があるわけです。そこで、千葉大学附属病院でもさまざまな診療システムの改革を進めています。これまでに、「30分以内の児娩出」をめざした帝王切開グレーディングシステムの整備や、胎児心拍モニタリングの判読の標準化などのプロジェクトを実行してきました。これらは、実際に緊急帝切時の臍帯血pHを改善させるなどの効果を挙げてきています。その結果、医局員全体が統一した基準で判断することができるようになり、常に一定レベル以上の医療を提供することが可能になりました。すべての判断は、教室としてアプルーブしたものであり、万一結果が悪かった場合でも個人の責任が追求される恐れがないというメリットもあります。さらに、麻酔医・新生児医・小児科医・看護師・助産師などが共通の目標に向かって進むことができるようになり、医療チームとして一体感が出てきたという点でも大きなメリットがありました。「30分以内の児娩出」を常に行える状況を保つことはスタッフの負担を大きくします。そこで、この負担増にみあうだけのrewardとして「pH>7.10, BE>-12mEq」のクリアを設定したわけです。
学会レベルでも、様々な診療ガイドラインを作成し医療レベルの均てん化・標準化を図っています。千葉大学病院では、これらを元にさらなる整備を進めており、現在は「妊婦に突発した危機的状況」の対応プロジェクトを整備中です。これは、産科輸血マニュアルをもとにして、幅広く多くの病態に対応することをめざし、さらに千葉大学の特殊性を加味して整備するものです。たとえば、分娩第2期に妊婦さんがショック状態に陥ったとします。これまでの対応であれば、「診断」→「治療法の選択」という対応になります。これを、「症状」→「処置」・「人集め」→「個別治療の検討」に書き換えようというものです。出血性ショックが発生した場合、原因の検索より前に、定められた量の輸血のオーダーとICUへの連絡・上申医への連絡(one callのみ)を行います。また、場合によっては、いきなりcode blueを宣言します。詳細な鑑別診断、およびこれに基づいた個別治療は、この後に行うというわけです。さらに、シミュレーションも大切です。危機対応に慣れておくだけでなく、対応マニュアルの欠陥をあらかじめ見つけておくという意味もあります。
繰り返しになりますが、ここでいう“整備”は単に紙に書いた順やフローチャートを指しているのではありません。“緊急事態”が発生する前に、これに対応するために医療チームを立ち上げ各メンバーとの円滑な連携を図っておく作業です。産科出血時の輸血の例で説明します。産科大出血時には、Hb値や血圧の低下を待たずに輸血を開始する必要があります。また、赤血球輸血に加え、早期から血小板や凍結血漿を十分に補充する必要があり、これらの基準が輸血学会の輸血ガイドラインと異なります(詳細は産科危機的出血への対応ガイドラインを参照してください)。緊急時に円滑にこれを実施するためには、輸血部のメンバーや実際に夜間の輸血搬出を担当する検査技師さんたちにこれらの違いやその理由を十分理解してもらい、通常の輸血とは違う手順でおこなわれるオーダーや血液の搬送法についてどのように安全に行うのかよく話し合ってすりあわせをしておくことが必要です。
このように、産婦人科医療の再生プロジェクトには新人確保だけでなく、法整備・保険制度改革・行政による支援策・医学部教育・医療システムの変更などさまざまな面から同時並行的に進みつつあります。
私は千葉に赴任するに当たり「科学の目と共感する心をもった臨床医」を育てることを目標に掲げました。
診断にあたり、症状をみて“絵あわせ”のごとく既存の疾患単位にもっとも当てはまるものを選んで病名をつける。このような診療では、新しい疾患を見いだすことはできません。注意深い臨床医の観察と思考が川崎病の発見につながったのだと思います。川崎先生が、世界で初めて川崎病の患者を診たのではありません。医学において多くの発見は、このような臨床医の科学的な目によってなされたものだと思います。
治療にあたって、病気だけをみて治療方法を選択するのは下医です。家族を含む社会的背景そして何よりも患者の心を理解しなくてはなりません。治療法はあっても、その多くは“完治”に導けるものではありません。多くは、治療しない場合と比較して治療したほうがよいという場合が多いのです。子宮頚癌で手術を受け再発なしで暮らしておられる患者さんの場合、“病気の子宮”は無くなり頚癌で死亡する可能性はほぼなくなったのですが“健康な子宮”をとりもどしたのではありません。“子宮がなくなったことに喪失感”をいだき、結婚にふみきれなくなるなっている患者さんもいるのです。このような生じうるであろう心の傷にも配慮した治療・ケアのできる臨床医(中医)になってもらいたいと思います。
この5年間、私自身は折に触れて病気になった患者さんの背景を理解して判断することを実践してきました。外来診療やケースカンファランスを通じて、そのような思考・判断を医局員に見てもらうことで指導してきました。しかし、実際に患者さんに接する時間は十分でなく、医局員にどれだけ理解してもらえたかという点では自信がありません。
「疾病の標準的治療」の先にある中医の域を目指して、この先も歩んで行くいくつもりです。特に若い感受性豊かな時期の医師に、「科学の目と共感する心をもった臨床医」に育ってくれるよう指導して行きます。
一般病院で、「科学の目と共感する心をもった臨床医」を実践し、疑問を見つけたときに大学に戻って大いに議論し解決の道を探る、そのような関連病院-大学の連携が理想です。そのためには、これらのニーズに対応できるだけの人的・物的リソースを大学が準備し維持している必要があります。
教室における研究は、人が少しずつ増え、基本的機材も揃ってようやく動き出したところです。研究の芽は植えました。肥料も水も与えてあります。5年後に目標とする木立の高さも決めました。自ら光エネルギーを吸収して、確かな成長をとげてくれるのを信じて見守りたいと思います。
5年間を総括し、次の5年間のグランドデザインについて私の考えを説明させていただきました。医師不足・研修制度の変更など、社会の医療へのニーズが量・質ともに高まりこれに答えていくことに腐心してきた5年でした。関連病院と連携した教育研修システムの整備、女性医師への対策、診療内容のシステム化・均霑化、医療関連の社会制度や法律の整備など様々な取り組みが始まっています。研究にも取り組まなければなりません。次の5年間は、これらの改革が成果を挙げるかどうか評価を受けることになります。教室員と共に目標に向かって邁進したいと思います。