千葉大学脳神経外科

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日本南極地域観測隊 医療担当隊員‐究極の僻地医療
下都賀総合病院脳神経外科
下枝宣史

私は平成13年10月から1年6ヶ月間にわたり脳神経外科診療を離れ、第43次日本南極地域観測隊の医療担当隊員として、南極・昭和基地での越冬を経験して参りました。山浦晶名誉教授をはじめ千葉大学脳神経外科医会の皆様のご理解とご協力をいただき初めて実現された、得難く貴重な経験でした。

通常の国内・海外留学や研究生活の経験と異なり南極越冬は、脳神経外科医としての知識や技倆の向上に直接に役立つとも、また学術的業績に繋がるとも思われない活動ではあります。しかし、医師として人間として、より幅広く社会に参加し貢献していけるさまざま可能性のひとつを実現させていただけた私は幸運だった、と感じています。

越冬隊は研究者20名と、生活・設営担当者20名とからなり、私を含む医療担当隊員2名は、さまざまな業務に従事しました。

健康管理と傷病治療

昭和基地の管理棟にある医務室は、一般的な診療所の診療科目に加え、歯科診療と小規模の全身麻酔手術に対応できる設備が整えられています。

越冬開始とともに基地と文明圏との交通は途絶し、越冬隊は隔絶されますので、1.4トンにものぼる一年分の医療物資を持ち込み、全科の傷病治療に備えます。もちろん、医師2名のみで対応できる状況には限りがありますので、予防こそ医療の基本と考え、定期健康診断や医学講座などの活動を行いました。実際には、観測隊は厳しい審査を経て選ばれた健康成人40名の集団だけあって、疾病はそう多くありませんでした。頻度の高かったものは作業中の怪我や、凍傷・雪目といった南極の環境に特有の外傷です。幸い、対処不能なほどの重篤傷病も後遺障害を残すような事例もなく、1年を過ごすことができました。

観測業務と建設作業の支援

自然科学研究の進歩とともに現在も、昭和基地の観測設備は拡充の一途を辿っています。観測業務の交代要員として、また研究用棟屋の新築や改修、設備維持のための建設作業要員としても、医療担当隊員は活動を求められます。私たちも、日本出発以前から資材仮組み研修に参加したり、建設用重機の免許を取ったり、地球物理学や気象学、極域生物学などの知識をその道の専門家である隊員に教わったりと準備に励みました。そして越冬中の実に多くの時間を、最先端の自然科学観測のお手伝いや、建築、機械整備など、日本では関わることもできないさまざまな業務に充てて過ごして参りました。

越冬生活を快適に維持する工夫

文明圏から隔絶された狭い基地内で、顔を突き合わせて1年間を過ごす越冬隊員たちの心の健康を保つことも、医療担当隊員の重要な任務でした。これは、もめ事の仲裁のような責務も担う反面、祭りなどの娯楽を企画運営するなど、とても楽しい想い出にもなった仕事でした。中でも「ミッドウィンター祭」は、南極にある世界中の越冬基地が、同じ日程で越冬中盤を祝う最大のお祭りです。建築や設備工事、調理などのプロフェッショナルたちが全員参加で準備する模擬店などはみな本格的で、心から楽しめました。
娯楽や刺激に溢れた日本では想像もつかない単調さを強いられる越冬生活において、常に新鮮な刺激を用意すること、業務以外の楽しい作業によって適度な忙しさを保ち、倦怠を予防することは、隊員たちの士気と心身の健康を維持するための「南極越冬の知恵」であり、世界中の観測隊で代々受け継がれてきた重要な活動でした。

南極でのヒトの医学生理学的研究

寒冷環境と健康・病気との関係などを解明する手掛かりになればと考え、有志隊員の血管の硬さの変化などを調べた一年分のデータや、髪の毛・血液を採取し冷凍保存した検体を、日本に持ち帰ってきました。分析は現在も進めています。

南極現地ではさらに、生物学研究担当としてアデリーペンギン営巣地調査や土壌細菌・藻類モニタリング観測といった興味深い活動も行いました。

ドームふじ観測拠点旅行

長期野外観測旅行は、大陸奥地の遠く離れた観測拠点への往復旅行が主で、内陸の厳しい自然環境の下、数ヶ月かけての雪上車生活を続けながら任務を遂行します。私が参加しましたのは、昭和基地のある大陸沿岸地域から内陸へ1000km、標高3800mの地点にあるかつての観測拠点を再び立ち上げ、新たな観測用施設を建設する任務でした。雪上車5台に物資を満載した合計40台の2トン雪橇を牽引し、見渡す限りただ一面の雪原を1ヶ月かけて走破。高高度の低圧による山酔いと、夏期間とはいえ-40℃を下回る極寒の中でさらに1ヶ月半をかけ、凍りついた拠点施設を整備し、さらに雪原に「掘削トレンチ」を新設しました。私たちの後任の隊により、この施設には世界最先端の氷床掘削装置が据え付けられ、大陸岩盤まで厚さ3000mの氷床掘削に、世界で初めて成功しました。

ご紹介しました私の南極越冬は、科学技術立国・日本のさまざまな最先端分野の若手が結集する観測隊の一員として、狭い基地の中で長い時間を彼らと家族同然に過ごしつつ、医療を「利用する立場」の人々と深く話し合いながら、ヒトの健康とは、仕事とは何か、そして幸せに生きていくとはどういうことか、そういった難しい問題をじっくりと考えるまたとない機会となり、私にとってかけがえのない財産となりました。

平成15年4月から、国内で脳神経外科医としての勤務に復帰し、越冬隊員の間で冗談半分に言われる「南極ボケ」の時期も、ようやくに過ぎ去ったようです。勤務医として再適応する努力を続けつつ、さてそれでは南極で学んだこと、感じ取り考えたことを、今後の診療にどのように生かして行けるのか、浅学の身ながら日々熟考を繰り返しつつ、これからも患者様の診療にあたらせていただく所存です。

 

第43次南極観測隊の活動記録は、南極観測の公式ホームページで公開されております。私が現地で記事を作成し、日本に送信したものをもとに制作されました。是非ご覧下さい。

「南極観測のホームページ」http://www.nipr.ac.jp/jare/index.html
昭和基地NOW! > 43次隊の記録

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