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救急集中治療医学の目標は,当然,生命の危機に瀕した患者の救命にあります.しかし,複雑な病態を呈する重症患者の救命は,しばしば困難です.
当科の特長は,単に日常の診療をこなすのではなく,臨床に応用可能な基礎的研究を積極的に行い,その研究成果に基づいた診療を実践するという,平澤博之前教授が提唱された "Academic Critical Care"という語に象徴されます.言い換えると,重症患者の救命を目指す熱い思いを,目の前の患者の診療だけにとどめることなく,病態の解明や新しい治療法の確立を目指す方向にも注ぐことで,ひいては目の前の患者の救命につなげていく,ということです.
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私たちが診療する敗血症性多臓器不全(Septic MOF)をはじめとする疾患の病態は非常に複雑であり,時々刻々と変化してきます.これらの複雑な病態を解明するのは容易ではありませんが,分子生物学の進歩により,少しづつ解明されてきています.
我々は,分子生物学の手法を用いた遺伝子レベルでの病態の解明や,不全臓器を再生医学の手法を用いて再建する治療法の確立などに向けて研究を行っています.医局員は全員,何らかの形で研究を続けています.
次に当科で現在行われている研究の代表的なテーマと成果を示します.
MOFとは,重症感染症,外傷,ショックなどの侵襲を契機に,中枢神経,心,肺,肝,腎,消化管,凝固系,免疫系などの重要臓器や系が同時にあるいは短期間に連続的に機能不全に陥る病態で,いまだ救命困難な病態の一つです. MOF発症の原因として最も多いのは重症感染症(75%)で,大量出血(11%),低血圧(6%)と続き,救命率は2〜3臓器不全では68%ですが,4臓器以上の臓器不全がある場合には僅か7%です.
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MOFの病態生理に関する研究は,分子生物学の進歩の恩恵を受けて飛躍的に進歩しています.
MOFの病態生理についてまとめると上図のようになります.すなわち非常に大きな侵襲が生体に加わった場合,全身的な過度の炎症反応,SIRS (systemic inflammatory response syndrome)を引き起こします.そしてSIRSが持続すると組織レベルにおける循環不全すなわち,組織酸素代謝の失調と体内で過剰産生される各種 humoral mediatorによって重要臓器を形成する細胞の機能不全が発症し,ひいてはその細胞が形成する臓器の機能不全が発症し,それが複数になるとMOFとなるというものです.そして感染が侵襲となって引き起こされるMOFがseptic MOFです.
septic MOFを治療するにあたって,septic MOFは組織酸素代謝の失調とhumoral mediatorの関与により引き起こされた細胞障害の総和であるとの観点に立ち,septic MOF発症の背景病変である重症感染症に対する根治的治療や不全臓器に対するartificial supportを行うとともに,細胞障害に対する治療,すなわちcellular supportを行うことがきわめて重要であると私たちは考えています.
われわれは,世界に先駆けてhumoral mediator迅速測定システムを導入し,mediator血中濃度によってリアルタイムにMOFの病態を把握することを可能としました.さらに,遺伝子解析やHRVなどのMOFの病態解明のための新しい手法についても,先陣を切って研究を進めてきました.さらに治療においても,血液浄化法を用いてhumoral mediatorを血中から除去することによりMOFの救命率が向上することをいちはやく見出し,この分野で世界における Front Runnerとなっています.
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このように当科ではMOF,その中でも特にseptic MOFを研究対象の中心に据え,新しい治療戦略を常に検討し,septic MOFの救命率向上を目指して努力しています.
我々は,病態の重症度や治療効果判定の目的で各種cytokine血中濃度を測定,検討して来ました.その結果侵襲の大きさに比しcytokineを過剰に産生する症例が散見されました.一方,近年さまざまな疾患や病態に対する易罹患性には個体差があり,それを左右する遺伝子多型 (polymorphism) が注目されています.
そこで我々はこれらのhypercytokinemia症例のcytokine産生制御における遺伝的な関与を解明するために,cytokine関連遺伝子多型を解析し,病態の重症度や患者の予後への影響につき検討して来ました.さらに遺伝子解析に基づいた遺伝的hypercytokinemia high risk症例対策についても合わせて検討しています.

このような HighRisk症例を,遺伝子解析によって予め認識し,より早期から的確な治療を行うこと−すなわち,critical care領域における”Tailor-made医療”によって,Septic MOF症例の救命率向上が期待されます.その実現に向けて,DNAチップの開発など,世界の先頭を行く研究が進行中です.
オートファジーは,自食を意味する細胞内の蛋白分解機構の一種です.基本的には,生命維持に必須のオートファジーも,過剰になると細胞死を惹起し,それはU型プログラム細胞死とも呼ばれます(アポトーシスはT型プログラム細胞死).一方,重症敗血症 (severe sepsis) は,ICUにおいて最も問題となる,いまだ救命困難な病態であり,敗血症に罹患した患者の重要臓器ではあらゆる形態の細胞死が起こっているとされています.我々は,敗血症患者の肝標本,およびマウス腹膜炎モデルの肝細胞にて,オートファジー小胞の増加を電子顕微鏡で確認しており,これは敗血症とオートファジーの関与を示した現時点では唯一の報告です.そこで,敗血症の病態の中でオートファジーが如何に関与しているかを解明し,その正もしくは負の制御によって敗血症病態を改善させるべく研究を重ねています.

近年,各診療領域で疾患プロテオミクスが盛んに行われるようになりました.我々は当大学の分子病態解析学講座(野村文夫教授)との共同研究により,最新のproteome解析の手法を用いて重症敗血症患者血清の網羅的解析を行いました.
その結果,敗血症患者で発現が変化している蛋白質を複数同定しました(写真).さらにYKL-40という蛋白質が治療抵抗性の循環不全を呈する症例において高値となっていることを見出しました.この結果を臨床医学に応用すべく,現在はこれらの蛋白質が敗血症の新しいbiomarkerや創薬のターゲットとなり得るか否かを検証しています.

人間が本来持つ恒常性の現れの一つである心拍1拍ごとの微少な時間的揺らぎを,周波数解析,カオス解析することで,重症度の評価や病状の変化を予知しようとする研究の成果の一つです.HRVを解析することで,septic shock発症の予知が可能であることがわかりました.HRV解析は現在あるモニタリングを越える価値をもつモニタリングとなると考えています.

HRV解析を24時間連続して行っている施設は世界的にみても当ICUだけであり,先進性の高い研究です.
単球HLA-DR発現率とは単球の表面に発現する抗原提示能力を表しており,発現率が高いほど免疫力が高いことを表しているといわれています.栄養状態のかなり悪い肺化膿症の患者さんの単球HLA-DR発現率を調べてみたところ,当初17%しかありませんでしたが,集中治療を続けていくうちにこの発現率が上昇し,それに連れて肺化膿症も軽快していくことがわかりました.このことから,重症患者における単球HLA-DR発現率を経時的に測定することで患者さんの免疫力の把握と,治療効果及び予後の判定が可能になることが予想され,単球HLA-DR発現率は重症患者の治療において非常に有用な指標の一つになると考えられます.

Hypercytokinemia症例の中にはcytokine血中濃度が異常高値となってしまい,PMMA膜hemofilterを用いた持続的血液濾過透析(PMMA-CHDF)をはじめとするcytokine除去療法を施行しても血中濃度が充分に低下せずに不幸な転帰となる症例が少なからず存在します.これら症例におけるhypercytokinemiaに対する新しい血液吸着療法を当科で開発中です.新しい吸着材はポリスチレン繊維に化学修飾したもので,生体適合性が高く血液吸着剤として使用することができます.
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この吸着材は多くのcytokineを吸着除去することが可能で,特にIL-1βおよびIL-8に高い吸着特性を持っていることが判明しました.本吸着材のさらなる利点として菌体吸着があります.コントロールとしてのポリスチレン繊維に比して新しいcytokine吸着繊維に多くの連鎖球菌が吸着されているのが認められます.
本吸着材は endotoxinも吸着するため同様の機序によってグラム陰性菌の血中からの吸着除去も可能と推測され,感染により発症した hypercytokinemiaに対する新しい治療法として有用と考え,臨床試験中です.
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劇症肝炎は救命困難な病態であり,依然として集中治療領域における重要な疾患の一つです.肝移植施行例は以前より増えていますが,肝移植に至る社会的,身体的条件を整えることは困難であり,人工肝補助療法(ALS)は依然として劇症肝炎に対する重要な治療手段です.
我々は劇症肝炎に対するALSを長年に渡り発展させてきました.現在ではALSの完成型として,slow plasma exchange (SPE)+ high flow dialysate CHDF (HFCHDF)を中心に位置づけ,劇症肝炎の治療を行っています.ALSを中心とした治療でも救命困難な症例においては,肝移植が必要ですが,移植に際してもALSとしてSPE+HFCHDFを施行することで移植までの時間的猶予が得られ,移植までの期間全身状態を良好に管理することができます.SPE +HFCHDFは肝移植を含めたFHに対する治療においても不可欠なものであり,治療成績の向上に寄与すると考えています.
単なる急性膵炎とは異なり,重症急性膵炎はいまだ死亡率の高い疾患です.私たちは以前より重症急性膵炎の本態が,SIRSの重症化とそれに続発する臓器不全であることを主張し,その対策の一つとしてPMMA膜hemofiltorを用いたCHDFを施行してきました.また,本来無菌的炎症であるはずの膵壊死部に感染を発症する病態においてBT(bacterial translocation)を重要視し,その対策としてSDD(selective digestive decontamination)を施行しています.
その結果,当科での重症急性膵炎症例の治療成績は非常に良好で,救命率は90%を越えています.当科が行っているCHDF+SDDは,当科のめざましい治療成績によって,重症急性膵炎の標準的治療となりつつあります.