重粒子線治療

重粒子線治療について

 肺癌の手術療法は着実に進歩を遂げてきました。しかし、患者さんには高齢者が多いこともあって、肺機能の低下や、糖尿病、心臓病などの基礎疾患を抱えた方もかなりいます。このため、同じ病期、組織型でも、それぞれの患者さんが治療の侵襲に耐えられるかどうかで、選ぶことのできる治療法が制限されてしまいます。

 手術は根治を得るための最良の手段ですが、以前に結核を患っていたり、肺気腫があり肺機能が落ちている人では、手術によって更に肺の機能を損なうことになるので、残念ながら手術以外の方法に期待するしかないわけです。

 従来の放射線治療では十分な抗腫瘍効果を得るためには周辺の正常肺にも傷害が発生することが避けられなかったのですが、最近の放射線治療技術の進歩は腫瘍への高線量の集中を可能とした、いくつかの画期的な方法を生みだしました。

 なかでも、荷電粒子線治療は標的となる腫瘍の形状に一致した線量分布が得られるという特長があり、隣接臓器に対する傷害を軽減できます。この治療法のなかでも炭素イオン線治療は陽子線などとくらべて高LET放射線であることから、強い抗腫瘍効果が期待できると考えられています。

 放医研ではがんに対する炭素イオン線による重粒子線治療の臨床研究を行ってきました。肺癌では、主にI期の肺機能低下や合併症のために手術適応のない人を対象として治療が開始され(写真1)、手術成績と比較しても遜色のない成果が得られています。肺癌では高齢者や低肺機能(第1肺癌切除後の第2肺癌発生など)で手術のできない症例は今後増加してくると思われるので、重粒子線治療は手術に替わる有効な治療法の一つです。


図1. 右肺下葉 扁平上皮癌 臨床病期I期
  (左)治療前、治療計画CT
(右)治療後CT
 肺癌に対する重粒子線治療の臨床研究は、199410月に開始されました。対象は非小細胞肺癌臨床病期I期(肺野末梢+肺門 T1/2N0M0)手術非適応例および手術拒否例でした。この最初の第I/II相研究(プロトコール番号93039701)は19992月で終了しました。これらのプロトコールでは低線量から徐々に線量を増加させて、肺、気管支、食道、皮膚などの反応を評価するとともに、治療効果をみました。この間、呼吸同期照射法の開発により照射容積の削減をはかり、照射方向は原則4方向照射として皮膚や肺の傷害の軽減をしてきました。引き続いて行われた第II相研究(98020001)では最初のプロトコールで得られた適正線量を用いて治療を行い95%以上の制御率と50%の粗生存率を得ることが出来ました。

 I期末梢型非小細胞肺癌では治療回数が18(9303)9(97019802)4回照射(0001)と徐々に減少し、治療期間も短縮され、20034月からは遂にI期末梢型非小細胞肺癌に対する炭素線の1回照射法による治療の第I/II相研究(0201)が開始されました。現在、IA(<3p)では適正線量が明らかになり、IB(≧3p)の適正線量を明らかにする最終段階にあります。この治療法が完成しますとI期末梢型肺癌の治療は、患者さんにとって安全で確実な方法ばかりでなく、1回照射は1時間以内に治療が終わりますので心身とも負担の軽い治療となります。

 私達はI期肺癌以外にも重粒子線治療の対象を局所進行肺癌に拡げてきました。一般に縦隔リンパ節転移のある局所進行肺癌は、遠隔転移を併発することが多く、化学療法と併用することがスタンダ−ドとなっています。しかし、肺門部のリンパ節転移に限局しているものは重粒子線により手術と同程度の成績を得ることができることが明らかになりました。この中で特にパンコースト肺癌に代表されるような局所に進展していくわりに転移がないタイプのものはよい適応です。発生部位が肺尖部であるため、手術によって血管や神経を損傷せずに完全に切除することが困難ですが、重粒子であれば計画された範囲には確実に治療が行えます。このような、解剖学的に手の入れにくい部位に治療を行える利点は、もともと放射線治療の長所のひとつですが、重粒子の強力な効果と分布の正確さはむしろ外科的な発想での治療戦略をも可能にするでしょう。現在ロボットによる手術の研究が実用化に向けて行われていますが、外科医がメスの延長として重粒子線治療を考える時代も来るのではないかと思います。

図2 肺門型肺癌(左主気管支)

治療前

1年6ヶ月後
 もう1つは肺門といわれる気管支の中枢に発生した肺癌(ほとんどが扁平上皮癌)です。癌組織は、それほど大きくないのですが、特に中央部の太い気管支に及ぶ場合、手術には高度の技術が要求され、術後の急性期には危険性も高いものとなります。

 重粒子は呼吸機能ももちろん保たれますし、手術よりもはるかに低侵襲である、という長所があります。写真2は右の主気管支に発生した扁平上皮癌ですが、病変の距離が長いので、手術なら右肺全摘と気管分岐部の形成術が必要です。 重粒子線治療できれいに治っています。これらの症例はそれほど数が多くはありませんが、重粒子線治療のよい適応になることが明らかにされました。

 放射線医学総合研究所では、200311月より、従来、研究対象としてきた多くの疾患が高度先進医療として認められ、一件当たりの治療費として314万円をいただくこととなりました。肺癌においても、現在研究で行っている1回照射を除いて他の対象は高度先進医療として費用をいただいています。また1回照射もこの研究が終了すると高度先進医療の対象に移行する予定となっています。

<参考文献>
宮本忠昭: 重粒子線による癌治療. 日本医事新報 3635: 125, 1993
宮本忠昭, 山本直敬, 小藤昌志, : 重粒子線治療. 日本外科学会誌 103: 250-255, 2002
山本直敬, 宮本忠昭, 小藤昌志, : 肺門部肺癌に対する重粒子線治療. 気管支学 23: 712-720, 2003